冲方丁・伊藤真美 「ピルグリム・イェーガー」(1〜3)

 いやもう塩野七生ファンからすると「キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!!」と叫ぶしかない作品です。舞台はフィレンツェの修道士ジローラモサヴォナローラが火刑に処せられた後のイタリア。ルネサンス時代の世相を背景としてヴァティカンの思惑にメディチ家エステ家、その他イタリア有力諸侯どうしの因縁がからみ、冲方さんの描く異能力者たちがぶつかり合う……とくればもう読むしかないでしょう。特に「神の代理人」が好きな塩野ファンに対して(いやまぁ、それは俺なんだけどさ)言うべきことはただ一つ。「これを読まずに死ぬな!」。

 絵は伊藤真美さんですが、冲方さんの描く人物や世界観と伊藤さんの絵柄がうまくマッチして全く違和感がありません。構図にやや難がある、という評価もあるようですが、一気に読んだ限り、そういう難点は感じられませんでした。

 それにしても「マルドゥック・スクランブル」といい、「微睡みのセフィロト」といい、本作といい、冲方さんにはある種塩野さんと共通する思考があるような気がするなぁ。あえて言うならばモラリスト、というところでしょうか。読んだ後で強烈に「神の代理人」(特にアレッサンドロ6世の話)を再読したくなりましたが、新潮文庫版をどっかに無くしてしまった記憶が……。なんでなくすんだ俺 orz

 しかしこの作品、ルネサンス好きや塩野ファンには強く支持されるでしょうが、普通のアワーズ読者にとってはどうなんでしょう。この時代に関する詳しい知識があったり、「神の代理人」を読んだりしていなくとも十分に面白いとは思いますが、途中で打ち切りの憂き目にあったりしないよう神に祈りたくなります*1

 あと、「三十枚の銀貨」の一人、アーシェ君がすげこまくんに見えて仕方がないのですが(ひとしきりキレてみせた後に理解者であるところの美しいお姉様になだめられているあたりは特に)、こういうネタ振りをしてわかる人がいったい何人いるのかは不明。

追記その1:るーしん師匠も本作に関して面白いレビューを書いています。それにしても、知り合いかつ既読の人に向けて「これっていいよねー」と言うレビューを書くのは簡単ですが、初対面かつ未読の人に「おお、これは面白そうだ、ぜひ読もう」と思ってもらえるようなレビューを書くのは難しいです。今のところ、前者のレビューしか書けていませんが、後者のレビューが書けるようになりたいなぁ……。

追記その2:モラリスト」という言葉を使って何をいわんとしているのかがわかりにくい、とIRC上の某所で指摘されましたが、ここでいう「モラル」は単純な意味での善悪ではありません。むしろ、個々人がそれぞれの人生を生きていくなかで形成される「規範意識」や「振る舞いの美学」といったものを指しています。「美学や倫理、規範意識といったものが渾然一体となった、生きる指針としての何か(したがって人の数だけ『モラル』もある)」という程度の意味である、というのが一番適切かもしれません。
 そういうものを「モラル」と定義するならば、冲方さんはかなり「モラル」というものに対して強い意識を持っている人だと思います。例えば、思いきり蛇足なことをいうなら、「マルドゥック・スクランブル」は少女が新たな力を獲得し、その使い方を修得したり周囲のキャラクター(ウフコックやドクター、カジノのディーラーたち)のモラルに触れる過程を通じ、自分なりのモラルを形成していく成長物語としても読めるのではないでしょうか。

*1:や、クリスチャンじゃないのでお祈りしたりはしませんが:p