谷甲州「覇者の戦塵1944 インド洋航空戦」

 「覇者の戦塵」シリーズ最新刊。話のあらすじとかはネタバレにつき伏せます。
 「覇者の戦塵」シリーズが素晴らしいのは、軍隊という組織(ここでは1930年代-1940年代の日本軍)における技術の変化とその受容のプロセスをきっちりと描き出しているところだと思います。ある新技術が登場するとして、それが戦場でどのように使われ、どのような戦術を生み出し、それがどう戦場を変えていくか、新しい装備と戦術に対して軍という組織はどのように対応するのか、個々の将兵や技術者といった当事者の意識はどう変わっていくのか……。
 満州での油田発見に始まり、土木重機の開発と普及、海軍艦艇の量産化、陸上兵力の機械化、工業規格の制定とさまざまな部品の品質向上、無線技術とレーダーの発展、といった要素が盛り込まれていますが、それらが萌芽の段階から少しずつ育っていって戦場の様相、組織のあり方、当事者の意識を変えていくプロセスを見ていると、良質の歴史書を読んでいるような面白さを感じます*1
 まぁそれだけにわかりやすい派手な兵器や会戦シーンはほとんど登場せず、ひたすら地味に進行していくのがこのシリーズの特徴ですが、おそらく「地味に面白い」ものを書かせたら谷さんの右に出る人はいないでしょう。一方で劇的な状況を作り出すハッタリのうまさ、レトリックと人物描写の妙で読ませるのが佐藤大輔氏ですが、それぞれ別々の方向の頂点を極めた作家だといえます*2

*1:と思って実際に第一作「北満州油田占領」をひっぱり出してみたら、作者が「技術者の眼を通してみた歴史小説を、以前から書きたいと思っていた」と書いているしなぁ……。

*2:じゃあネタ系の頂点は、とか聞かれても火葬戦記は読んでいないので困りますが……。