横井勝彦 「アジアの海の大英帝国 19世紀海洋支配の構図」

 大英帝国がインドから極東(具体的には中国大陸沿岸部の市場)にその勢力圏を伸ばし、造船テクノロジーにも帆走から汽走、木造艦船から鉄製艦船、さらに装甲艦の登場という変革が訪れていたのが19世紀という時代です。本書はこの時代における造船テクノロジーの変遷からその実際の受容のされ方や普及政策、英国における海運業の状況、さらに英国の植民地や艦隊の全世界的な展開とその最前線としての極東での活動状況、軍備拡張に反対する平和主義的自由貿易論者の議論、といった非常に広い範囲の話題を取り上げています。
 東インド会社も独自の海軍を持っており、英国の一個方面艦隊に匹敵するほどの戦力を擁していたこと、汽走艦船の導入に関しては本国海軍よりもインド海軍の方が積極的であったこと、本国海軍も汽走艦の価値を認めるようになったのは極東で東インド会社が派遣した河川・沿岸航行用の小型汽走砲艦が活躍して以降であること、といったあたりの話は、谷甲州さんの「覇者の戦塵」シリーズのファンならばついニヤニヤしながら読んでしまうのではないでしょうか。
 実際に技術が組織や社会にどう受容されたか、という技術史としても読めるので、海軍史に興味がある人や「覇者の戦塵」シリーズを愛読するような人には脊髄の全力をもって強くお薦めします。講談社学術文庫という一見いかつそうなレーベルから出ていますが、文章は作家なみにこなれていて読みやすいので、そういう意味でもお薦め。