小川一水 「第六大陸」

 小川一水の月面開発もの。バックグラウンドの政治的情勢についてはちょっと楽観的すぎるかなーという気もしなくはないですが、今日びちょっと気恥ずかしいくらいにロマンを全面に押し立てていながら、技術的な面やストーリー展開、ビジネスとしての構想などをきっちりまとめていているあたりはさすがです。
 ……とはいえ、同じ太陽系開発ものとしては谷甲州さんの「航空宇宙軍史」や「軌道傭兵」シリーズ、幸村誠さんの「プラネテス」シリーズの方が印象が強いです。これらの作品に比べて本作は(個人的には)ちょっと物足りなかったというか食い足りないところがあるような気がします。
 本作の魅力はロマンにありますが、ビターな要素がないわけではありません(むしろロマンを実現するためにさまざまな障壁をクリアしていく過程が本作の根幹をなしています)。「第六大陸」プロジェクトでの障壁は主にビジネス的な採算や世論の動向を睨んだ政治的駆け引き、親子の確執といった部分のそれが中心なのですが、そこに宇宙開発にはつきものである下界での安全保障や軍事面がらみのトラブルがほとんど出てこなかったのはちょっと寂しいところです。そういう要素がらみの障壁は実際にこういうプロジェクトをやるなら必ず出てくるでしょうし、そうしたトラブルなり懸念なりにどう対処していくか、ということはとても面白いテーマだと思うのですが、そういう部分の書き込みがなかったので (中途半端な)歴史ヲタ・軍ヲタとしてはいまいち食い足りないのかも。
 以上、些末なところをグダグダ言ってしまいましたが、よい作品だっただけに、個人的にはそのへんの書き込みも読みたかったところです。文庫で上下二分冊の作品に「導きの星」みたいにあれやこれやと詰め込んでどうするんじゃい、という気もしなくはないですが……。